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2HJの活動レポート

~100万円の寄付と一通の手紙part1~

  • レポート

2013/6/18

これはセカンドハーベスト・ジャパンで起きた実話です。

私達に1通の手紙が届きました。

 

チャールズ・マクジルトン様

セカンドハーベスト・ジャパンの皆様

 

2012年4月18日に100万円を東京三菱銀行口座宛に寄付させて頂きました、吉永 和夫 ヨシナガ カズオ(モリシタ ケイコ)(どちらも仮名)です。

8年前の2004年4月18日に挙式した者で、その時の牧師さん(でよろしいでしょうか?)がチャールズ・マクジルトン様でした。

ご多忙ゆえご記憶にないかとは思いますが、挙式したのは 森下孝浩(仮名)と池野景子(仮名)と申します。

夫孝浩の両親は今も健在ですが、私の父は結婚式の1年前に病死し、私は兄とヴァージンロードを歩きました。

そして母もその3か月後に病気の為、他界しました。結婚式当日も、すでに満足に立っていられないので座ったまま書類に署名したりしました。

その母の弟が 吉永和夫(仮名)と申しますが、19歳から単身でホノルルに住んでおりました。

この結婚式にも、風邪で高熱がある中、ホノルルから来日し出席してくれました。

母の死後は、遠くにいながらも電話や手紙で時々励ましてくれたり、母(叔父にとっては姉)を自宅で看取った事に感謝されたり、とても身近な存在でした。

その叔父(和夫)が、2年前の2月に、ホノルルの自宅で61歳で突然病死しました。

独身で子供もおらず、余りに急で遺言もない為、残された唯一の親族である兄と私(景子)が、わずかな遺産を相続する事になりました。

叔父は子供もいないので私を娘のように可愛がってくれてはいましたが、数年に1度程度しか会うこともなく、私は相続したものの、生前も今も叔父に何も出来ないままでした。

叔父は唯一の趣味が旅行でしたので、親しい友人と世界のあちこちを旅行していました。

その友人が10年前に亡くなってからは、あまり旅行もしていませんでした。

日本にいた時は、家が貧しくとても苦労したので、生活もとても質素で、会うと「疲れるよ。疲れるよ。」といつも言いながらもマジメに働いて、定年退職したらゆっくりするんだ、とコツコツと貯金していたようです。

そして退職して、結婚式以来、叔父が亡くなる半年前に来日して、当時私の2人目の子供が産まれたばかりだったので、自宅に見に来てくれた時には「やっとゆっくり出来るよ。タバコもやめたし毎日ワイキキをジョギングしてるんだ。」と元気そうに言っていたので、私も安心して 「お疲れ様。」と言いました。そしてまさかその半年後に急逝するだなんて、叔父本人も誰も思っていませんでした。

(続きは明日の投稿で)

 

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